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【ハイドライド】アクションRPGの金字塔

ハイドライドタイトル

ハイドライド

スタート画面。良く考えると、あまりに孤独な冒険だなぁ

『ドラゴンスレイヤー』と並び、アクションRPGの元祖である『ハイドライド』。
T&Eソフトが放った、もはや伝説のゲーム。
今考えるとこれを果たしてRPGと言っていいのかどうかわからなくなっちゃうけども、アクションRPG(『ハイドライド』の場合、アクティブ・ロールプレイングゲームと謳っていたが、まぁ一緒だ)というジャンルを確立した功績は計り知れないほど大きい。
プレイ目的は3人の妖精にされてしまったアン王女を3人とも見つけて元の姿に戻し(そんな感じ?ウロオボエだ)、そしてバラリスを倒すこと(これは間違いない)だ。
プレイスタイルはいたってシンプルで、テンキーで移動し、スベースキーで「Attack」と「Defend」を切り替えてモンスターに体当たりして攻撃する。基本的にコレだけ。コレだけで縦横無尽にジム君をノーヒントで走らせ、ハチに刺されて死んだり、動く岩にぶつかって死んだりするのである。まぁ、初めの頃はよく死ぬもんだ。当時のゲームはみんなそうだったさ。
あちこちにアイテムが落ちてて、それを拾ってだんだんパワーアップして行ける場所が少しずつ増えていくあたりは、ワクワクして冒険を進められるので良い。実は一本道なんだけどね。

ハイドライド

おや、あんなところに宝箱が。

でもそのアイテムを取るのが結構厄介なのだ。「○○を○匹倒せば出てくる」なんてノーヒントではわからんからね、実際。「わかるか!こんなモン!」てレベルだけど、よく考えたらコレってドルアーガ的だな。当時のゲームはこんなカンジなのが当り前で、今だったら多分売れないんじゃないかと思うのだが、それでもツワモノゲーマーたちは苦労して遊んでたワケだ。
とにかく、俺はこれでPCゲームというものの広さと深さを知ったのだ。決して忘れてはならない、忘れられないゲームなのだ(大げさ)。

ハイドライド 1・2・3

俺とPCゲームとの幸せな(?)出会い

俺の最初の相棒はPC-8801markⅡSRだった。別に自分で買ったワケじゃなくって親父のモノを使ってたのだ。俺のPCゲームとの関係は、この88SRから始まったのであった。
俺が中学生になってすぐ、親父が「マイコンを買う」と言いだした。マイコンなんて普通の人がいじるもんかいな、と思いつつ次の日、俺と親父は近所のラオックスにいた。俺は、ただついていっただけだ。
親父が店の人と商談してる間、とてつもなくヒマだった俺は、俺と同年齢かそれ以上の少年の集団を見つけた。マイコンの前で騒いでいる。なんだなんだと思ってみてみると、モニター上には、広い野原みたいのが映っていて、その野原を青い鎧を着たキャラクタが走り回っていた。『ハイドライド』だ。昔は製品をそのままディスクソケットにぶっ挿してデモっていたから、フツーに店頭で遊べたのだ。
ゲームと言えセガSC-3000でありファミコンだった俺は、「なんだコレ?スコアとか無いの?ていうかどうすればクリアなんだ?」と?を頭に浮かべながら見入った。「スゴイ面白そうだ。これやりたい」と思っても小学生から毛が生えた程度の俺には買えるワケもなく、そのまま帰宅したのであった。
さて後日、家にマイコンがやってきた。ラオックスの人が難しそうな配線をパパッとやって帰って行った。さて動かそう、といった段階で親父は気付いた。「ソフトが無い」。
「何かゲームでもいいから買って来い」と俺にカネを渡す親父。「やった!あの買うときに見たゲームを買おう」とラオックスに走る俺。
ラオックスに飛び込み、ゲームが陳列してある棚を漠然と探したが、あのゲームのタイトルが分からない。探しているうちに「あ、マリオだ!これ買おう」と手にとってしまったのがハドソンの『マリオブラザーズスペシャル』だった。
なんてこった!
俺のPCゲームライフは、『マリオブラザーズスペシャル』から始まってしまったのだった。いや、別に楽しんだけどね。ノーマルな任天堂とのマリオとは違った面白さだったから。そしてその後すぐにやってきた俺の誕生日に『ハイドライド』をゲット、『ファンタジアン』、『エルドラド伝奇』などを経て次第にPCゲームの魅力にとり憑かれていき、ファミコンでゲームをする友人たちを小馬鹿にしつつ、色んなPCゲームで遊んでいくのだった。
88がホビーマシンとして飛躍し始める時期に88SRを手に入れた俺は、その波に乗ることが出来て本当に幸せだったと思える。PCゲームが俺の第一の趣味になり、オッサンと化した今でもそれは変わらないのだから。

88仲間

中学1年生になるとき、ちょうどその頃発売されたPC-8801markⅡSRを親父が購入した。
別に親父はソレを使うこともなく、自然にそれは俺のものになった。
当時、それほどファミコンにのめりこんでいなかったのに、この高価なオモチャでやるゲームにはハマりまくった。
『スーパーマリオ』が発売されファミコンブームに火がつき、クラスをファミコンカセットが飛び交うように貸し借りされ、みんながソフトを遊んでいた時代だ。
多分、同じ時期をPC88でゲームをしていた同士たちは、そんなファミコン野郎たちを羨ましく見ていたハズだ。まわりにユーザーがいないため、ソフトの貸し借りはできなかったからだ。
おまけにソフトは高価、たまに親に買ってもらった『サラトマ』やら『ハイドライド』やらをディスクがすり減るまで、飽きるまで、いや飽きてもプレイしていたりしただろう。
で、俺もそんな感じでファミコン野郎を睨みつつ『ブラックオニキス』なんかをプレイしていたかというと、そうではなかった。
なんと、同じクラスに88ユーザーがあと4人もいたのだ。
こんなに恵まれていた88ユーザーは、全国でもそんなにいないのではないか。
その仲間同士で88ゲーム談義。
ただひとり『ザナドゥ』をこき下ろした俺は、みんなから総スカンをくらったりしてた。
いい思い出。