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「戦うパソコンゲームマガジン」が400号だってさ

とはいえ、今はもう昔の面影はないけども。

コンプティーク : 28年で通巻400号達成 50人のクリエーターからお祝いの色紙を掲載

ドクター四谷(高杉晋作)と秋葉原助手(近藤勇)の維新の嵐対決が一番面白かったと覚えてる。切り抜いてスクラップしてたもんな、あの記事。
あとは御茶ノ水教授のシミュレーションのページとクロちゃんのRPG千夜一夜あたりは面白かったな。
まぁ、何度も言うが、今はもう別モンで、PCゲーマーには何の意味もない雑誌だがね。

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元コンプティーク編集長のインタビュー記事

何気なくプロジェクトEGGのサイトに行ったら、こんなのがあった。

佐藤辰男『コンプティーク』編集長時代を語る!

おお!スゴイ!
表紙にアイドルをもってきたのも意味があったのね。

1980年代は、いろんな意味で輝いていた。パソコンゲームも輝いていたなあと思いますよね。いまやテレビゲームはインターナショナルになり、巨大な産業になりましたが、僕的にはやはり、個人の力量を、名前と顔を伴って生かせた時代というのは、とても良かったと思っています。そういう時代がまたこないだろうか、それがむしろ健全だったんじゃないか、と。

そうですな。
いちプレイヤーとして参加してて楽しすぎる時代でした。
コッチもゲームを楽しむ環境が変わっちゃって、なかなか当時のようにゲームに接するのも難しくなって、ちょっとさびしいですな。

パソコンゲーム雑誌雑感

最後の砦、ログインが休刊になってからも随分経ってしまったが、日本ではPCゲーム市場が小さく小さくなってしまったので仕方あるまい。
しかし、昔は色々あったよね~、PCゲーム雑誌。思い出すまま、思いつくまま書いていく。
PC8801markⅡSRを親父が買ってから、はじめて買った雑誌は『PCマガジン』だった。その名のとおり、PC全般の雑誌で、PCゲームの専門誌ではないが、ゲームの売上げランキングに引かれて買った。
そのランキングは「PC6001/6601」部門と「PC8001/8801」部門に別れてた。88ユーザーだったので、6系のほうはあまり見てなかったな。とにかく『ハイドライド』が強かったよな。2位に『ファンタジアン』とか来てた。
あと、RPGのプログラミングの連載があって、それを見てモンスターグラフィックを画面上に表示するプログラムを打って遊んでたなぁ。
その後、『ログイン』『コンプティーク』『マイコンBASICマガジン(以下ベーマガ)』などに出会う。
『ログイン』は当時からトップを走ってた感がある。膨大な広告とレビュー、そして名物バカ記事。どこを見ても面白かった。そのテイストはこの雑誌の1コーナーだった『ファミ通』にも受け継がれている。しかし今考えるとレビューとか提灯が多かったような気がするな。あとやっぱ『ログイン』といえば『べーしっ君』だよな。
『コンプティーク』はシミュレーションの四谷博士と秋葉原くんの対決が面白かった。特に維新の嵐。それだけのために買ってたな。あとは『ロードス島』とかかね、この雑誌は。
『ベーマガ』は投稿されたゲームプログラムを打ち込んでタダでゲームを遊ぶのが目的……、ではなくて、なんといっても山下章の『チャレアベ』でしょうな。 パソコンサンデーにも出演している山下章先生が色んなアドベンチャーゲームをネタバレしつつ(?)解いていく人気コーナーだった。友人と次に取り上げられるアドベンチャーゲームを予想したりしてた(意味ねー)。
あとは『ポプコム』『テクノポリス』『Beep』だな。
『ポプコム』はたまに、特集でモンスター図鑑とかやってたときに買った程度。そんなんメインコーナーで出来たんだな、当時は。そして『ポプコム』といえば三遊亭円丈師匠だわな。
『テクノポリス』はあのノリがちょっとイヤで、あんまり…。印象に残ってるのはコナンくらいか…。
『Beep』はゲーム全般で、ファミコンの記事とかも載ってたけど、当時は『ログイン』の次に好きな雑誌だった。今となればなんでかわからんが。
他にも広告だけのために買った『I/O』とかあったな。
面白かったなぁ。
『ログイン』だけでも復活しないかなぁ、とか思ってるのは俺だけじゃないハズ。
ま、あんな時代は戻ってくるわけもなく、この記事はオッサンPCゲーマーの戯言なだけなのであった。