歴史シミュレーションについてとりとめもなく考えてみる

昔は、歴史シミュレーションと言えば光栄(現コーエー)だった。『信長の野望』、『三國志』を中心としたその作品群にみんな酔い痴れた。でも、今そんなこと言う人はごく少数だろう。
現在、コーエーに替わって歴史シミュレーションファンを唸らせているのは、Paradox Interactiveだろう。『ヨーロッパ・ユニバーサリス』シリーズや、『クルセイダー・キングス』、『ヴィクトリア』などの戦略ゲームは、プレイすればわかるが確かに面白い。
これらのゲームは「歴史シミュレーションゲーム」と言うよりも「歴史シミュレーター」と言うべきかもしれない。なにしろ、“戦争を繰り返して統一”という、ゲームとしてのお約束がスゴク困難、ていうかほぼ無理なのだ。じゃあプレイヤーは何をするのかというと、歴史という時間の流れの中で、担当する勢力が生き残るために精を出すのだ。内政、外交、戦争全て生き残るため。それらを駆使して生き残れる状況を作り上げるのがプレイヤーの役目なのだ。その間に目標はプレイヤーが決めればいい。“ある地方の完全武力征圧”でも“フランスだけは滅ぼしてやる”でも“琉球で貿易大国として名を馳せる”でもなんでもいい。これが俄然楽しいのだな。
だが、これらのゲームは、とにかくままならない。内政、戦争はほぼオート、自分に不利なイベントがバンバン起こる、周囲の勢力は思い通りに動かないなどなど。それでも頑張って苦悩して目標に近づくべく状況を構築する。なんだかマゾッ気たっぷりだが、その苦悩をプレイヤーは望んでいるのだろう。
その苦悩は、親分の苦悩。そしてみんな親分になるためにシミュレーションゲームをするのだ。戦国大名になるために『信長の野望』を遊ぶでしょ、みんな。決してひとつの野戦を指揮する将軍になるためじゃないはずだ。だから、Paradoxは合戦をオートにしたんじゃないか。親分として、結果報告を受けるだけ、みたいな。そしてこういうゲームが出たから、全ての局面を切り盛りするスーパーマン的な働きが要求されるコーエー(あるいは光栄)のゲーム、その模倣から始まった国産のシミュレーションゲームがウソくさく見えちゃったような気がするのだ。
簡単にいうと戦術はいらないよ、戦略だけ永遠に練れれば楽しいんだよ、とこういうことだ。
結論としては好きなゲームをそれぞれ遊べばいいんだが、歴史シミュレーション好きを謳うなら、Paradoxのゲームは面白すぎるほど面白いから遊んだほうがいいよ、とこういうワケだ。
あと付け加えるなら、国産フリーの『戦国史』と『三国鼎立2』が戦略だけ考えて苦悩しろってタイプで面白く、オススメだ。題材的にもコッチのほうが馴染みやすいしね。遊べ~。

雅王 について

こんにちは

投稿日: 2011/06/22 カテゴリー: Diary&Column タグ: , , | パーマリンク コメントする.

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